消費者金融の歴史

消費者金融の沿革

消費者金融という名称は1980年代以降のことで、それ以前はサラリーマン金融、もう少し遡ると団地金融と呼称されていました。庶民向けの金融に関しての歴史は意外と古く、江戸時代にはすでに確立されており、その時代から高利貸しが存在していたことは多くの記録に残っています。

現在の消費者金融の礎が築かれるのは、1960年代に東京と神戸で設立された団地金融がその始まりと言われています。高度経済成長の時代背景をもとに、テレビ、洗濯機、エアコンといった電化製品を羨望の眼差しでみつめる庶民の購買力を刺激したのが、この団地金融です。

それまでの庶民金融といえば、物品を担保に入れてお金を借りる「質屋」が一般的でしたが、この団地金融は無担保、無保証人で個人の信用を担保した融資制度であったことから、庶民から圧倒支持を受けたことは想像に難しくありません。

ちなみに団地金融という名称は、当時は団地に住むことこそがステータスと呼ばれた時代であり、団地に住んでいる住民の多くは所得の多い上流家庭であったと言われています。その団地に居住する主婦を相手に、金貸しを始めたのが団地金融の始まりと言われています。

サラリーマン金融の時代

前述したように、団地金融が登場する以前の庶民金融は質屋でした。しかし質屋でお金を借りるには、物品を担保に入れる必要があり、しかも借りれる額はその物品の評価以下でしか借りれなかったことから、高価な物品を持たない人には非常に不便な庶民金融であったことが想像できます。

しかし、無担保無保証で個人の信用を担保で融資をしてくれる団地金融の登場で、それまでの庶民金融の様相は一変します。当時は貸金業を開業するにあたっては、明確な審査もなかったことから雨後の筍の如し、団地金融が全国に広がっていきました。そしてこれらはサラリーマン金融と呼ばれるようになります。

当時のサラリーマン金融がなぜ儲かるか?それは当時の上限金利が109.5%という今では考えられないような高利が認められていたことから、ほぼすべてのサラリーマン金融が100%を超える金利で貸し出していたからです。現在の上限金利(18%)と比べると、どれだけ高金利であったかが浮き彫りとなるはずです。

そしてこの時代、現在の貸金業大手の業者がポツリポツリと産声をあげています。

  • 1958年 4月・・・マルフクが設立
  • 1959年10月・・・三洋信販の前身が設立
  • 1960年12月・・・中日信販(セントラルファイナンス)設立
  • 1962年 3月・・・プロミスの前身が設立
  • 1967年 4月・・・アイフルの前身が設立
  • 1968年 6月・・・武富士が設立
  • 1978年10月・・・アコムが設立

過酷な取り立てが社会問題となる

質屋でお金を借りた場合、返済が不能になれば担保に入れた質草を流すことで債務は消滅しますが、サラリーマン金融の場合はそうもいきません。支払いが滞れば、督促を受けることになるわけですが、当時は取り立てに対する規制も薄かったことから、全国各地で過酷な取り立てが勃発していきました。

それもそのはずで、100%を超えるような金利で借りれば返済が困難になることは誰の目にも明らかなことで、利子が利子を産んで借入金がどんどん膨れ上がっていったのがこの当時の貸金でした。

やがて支払いに行き詰った挙句、過酷な取り立て行為に苦しんだ人たちが、一家心中や夜逃げに追い込まれていったことが社会問題となり、サラリーマン金融の実情が世間一般に知られていくことになります。サラリーマン金融が危険で怖い存在だという認識はもはや消し去ることは出来ないほど定着していったのです。

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